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現場が命。大手ハウスメーカーでも、現場は下請けの業者が施工します。本当にいい家は職人次第です。当社の設立時から一緒に歩んできた工事長の方々です。
表情とは違い楽しく話す職人です。
上森 康弘
私は、奈良県御所市に生まれました。昭和46年、奈良市内で寺社建築(宮大工)の親方へ弟子入りし、15年間技術の習得に邁進致しました。平城宮跡での繊細な仕事や天皇陵の鳥居改修工事を経験できた事や、これらを通じて 寺・神社の先人職人とふれあえた事は、私の財産です。38歳に独立して約8年間、様々な木造建築に携わりました。一般建築は元より、純日本式の100坪にもなる家屋工事もさせて頂きました。そんな折、伸和建設社長よりお誘いを受け以来14年間共に家造りをして参りました。その後も今井町の家屋工事(重要伝統的建造物群保存地域)に加え、数多くの建築を通じて人とのふれあいの大切さを知りました。お客様の喜びの声をお聞きすることが私の生きがいになっております。今後も、施主様と納得のいくまで話し、相談して100%満足のして頂ける家造りを目指し、伸和建設社長の思いに答えていきたいと思います。

子供大好きで少年野球の監督もしている面白人間です。
池田 定利
私は、工務店で住込みで大工の仕事を始めました。棟梁から、スミ付や、キザミをきっちり教えられ7年で一人前になり、独立して仕事をやっています。15年ほど前は、日本建築の仕事も多くあり、今は時代の流れで洋風の建物が多くなってきました。仕事をしていく中で、半端な事はしない。お客様に喜んでもらえるよう、誠意をもって頑張っていきたいと思います。

父親に似てスポーツマンです。仕事は大マジメです。
池田仁亮
親方(父)と二人で仕事をしています。この伸和建設さんとは見習いの時からお世話になってもう14年の付き合いになります。お客様の家を建てさせてもらうにあたり、一番大切な事は喜んで家に住んでもらう事と、この大工さんに建ててもらって本当によかった。と思ってもらう事です。お客様にとっては一生で一度の家を建てさせてもらうわけですから、必ず喜んで頂ける様、父と一生懸命頑張って仕事をしていきますので宜しくお願いします。

酒を飲めば歌手に変心します。
中砂 久夫
ユニバーサル創立以来仕事を貰っています。大工の道に入って35年、昔と今は施工の仕方が変わってきて日々勉強し続けています。私の娘もユニバーサルで家を建て、テラスを挟んで表と裏に住んでいます。娘の家に行くと冷暖房の違いがよく分かります。ユニバーサルでよかったと確信しています。私は、お客様に喜んで頂ける家を建てる事をモットーとしています。

仕事が終わればもくもくと酒を飲み、よく話す楽しい人です。
山本正憲
今日まで長年培ってきた経験技術を今この時に全神経を集中して取り組み頑強な構造体、耐震、高断熱、床暖房、など等と合体し、究極の家作りに邁進 したいと日々努力を重ねているところです。

人前で歌うのが大好きな職人です。
波田照夫
私が、大工になったのは自分で自分の家を建てたかったからです。三十歳でようやく夢が叶い、自分で家を建てる事が出来ました。お客様の大切な家を造る時は、自分の家を建てている気持ちでお客様の喜んで頂ける家を造っています。私の信念は、『建築は心』だと思って頑張っています。

東南アジアで土地を買って老後を楽しむ一面を持っています。
上垣 正男
お客様の笑顔を見れる事が私の仕事へのやりがいと仕事への原動力です。お暇の折に現場にお立ち寄り下さいますれば、色々と説明をさせて戴きますのでよろしくお願い致します。

話題が豊富な人です。仕事中は無駄話をしないが…
中窪 忠幸
私は35年余りに渡り建築をしています。10年前からユニバーサルホームの仕事をしています。私が、手掛けてきた従来工法ではなく、ピン金物取付工法で地震に強い建物です。また会社が行う業者会研修会に出席し、お客様の心配り、近隣への配慮など色々と学び、自分の技術をいかしてお客様に感動を与えるような家造りを第一に考えております。

心から真面目人間
西川邦明
私が大工を始めて三十年ぐらい経ちます。若い頃は、田舎の方で仕事をしていましたが、六年程前からユニバーサルホームの仕事をさせて頂く事になり、定期的に行われる業者会議の中でお客様との接し方や、安全性の重視等の指導を受け、その会議と共に自己意識も高まり自分自身にとってすごく勉強になり、お客様の立場になり、長年の経験と技術でお客様に喜んで頂ける様に日々努力しております。

「建築大学」の講師もできる物知り職人です。
松尾 研治
昔ながらの仕事の仕方を生かしながら、新しい仕事のいい所を見極め、一分一秒少しでも長く住む人の財産及び命を守る家を造って行く仕事と思っております。
